土曜の朝、車のキーを持つ手が重い。弁当は作った。子どもは普通に支度をしている。それなのに、自分の中に「今日、見に行きたくないな」という気持ちがあって、そのことに自分で少し驚いている。
ベンチに座ったままの我が子を、観客席から2時間見ること。隣で盛り上がる他の保護者の声。試合の後の、なんとも言えない帰り道。それを思い浮かべただけで、体が重くなる。
ミニバスの試合を見に行きたくない。そう検索するまでに、たぶん、何週も我慢してきたんだと思います。
僕は札幌の3拠点(真駒内・南3条・新琴似)で、100名の子どもたちを見ているバスケットボールスクールのコーチです。バスケ歴は27年。会社員を13年やってから独立しました。そして、僕自身も二人の娘の親です。
最初にお伝えしたいのは、「見に行きたくない」と思うことは、親として冷たいわけでも、応援が足りないわけでもない、ということです。むしろ、ずっと真面目に見てきた人ほど、そう思う週が来る。今日はその話をします。
観客席の2時間は、親の方がしんどいことがある
スクールには、所属チームで出番が少ない子がたくさん通ってきます。その親御さんの話を聞いていて感じるのは、出番が少ない子の試合の日は、子どもより親の方がしんどいことがある、ということです。
観客席に座って、2時間、自分の子がベンチにいるのを見ている。周りの親は、自分の子のプレーに声を出している。自分には、声を出す相手がいない。試合が終わって、周りが「お疲れ〜」と盛り上がっている横で、黙って荷物をまとめる。
この2時間を、応援している顔のまま毎週やるのは、本当にきついと思います。
帰り道に「今日、出た?」とつい聞いてしまうのは、親が自分のその2時間を、どこかに置きたいからなんだと僕は思っています。「こっちだって、しんどかったんだよ」が、「出た?」の形で出てくる。それを責める気は、僕にはまったくありません。
だから、「見に行きたくない」と思った時に、まずその2時間を軽く見ないでほしい。しんどいものは、しんどい。そこを認めないまま気合いで通い続けると、どこかで親の方が先に折れます。
僕の親は、全部の試合には来なかった
僕はミニバスを小学5年生くらいから始めました。親はバスケ経験者ではなく、プレーについて細かく言われた記憶はほとんどありません。送り迎えはしてくれた。応援もしてくれた。見に来てくれることも、ありました。
「見に来てくれることも、ありました」。ここが、今日の話で一番言いたいところです。
僕の記憶では、親は全部の試合に来ていたわけではないんです。来る日もあれば、来ない日もあった。それで僕がさみしかったかというと、正直、あまり記憶にありません。覚えているのは、試合の帰りに責められなかったこと。「あれ、すごかったね」「惜しかったね」のような言葉の方が残っていること。そして、家に帰った時に、バスケを嫌いにならずに済む空気があったことです。
今、親になって振り返ると、僕の親は「来る回数」ではなく「帰った後の空気」で、僕のバスケを支えていたんだと思います。見に来た回数と、子どもが受け取る愛情の量は、同じものではなかった。
行かない日を作るのは、逃げではなく整え直し
では、僕が親の立場で「見に行きたくない」と思った時、何をするか。
一つ目は、行かない日を決めることです。毎週ではなく、月に一回でもいい。「今日は行かないね。帰ったら、ご飯食べながら聞かせて」と伝えて、家で待つ。これは逃げではなく、次の週にもう一度観客席に座るための整え直しだと、僕は考えています。
二つ目は、行くけれど、座る場所を変えることです。保護者の輪の中にいると、周りの声がどうしても自分に刺さってきます。少し離れた場所に一人で座る。それだけで、2時間の質が変わります。
三つ目は、見る対象を変えることです。自分の子だけを目で追っていると、出ていない時間はただ苦しいだけの時間になります。僕は大学時代、高校までの主役からベンチの選手になりました。あの時に自分を救ったのは、「どうやって出場時間を取り返すか」ではなく、「出ていない今、何ができるか」に問いを変えたことでした。相手を観察する。味方の癖を覚える。出たら最初に何をするかを決めておく。ベンチは罰ではなく、準備の場所だった。
親も観客席で、同じことができると思っています。ベンチで声を出しているか。タイムアウトでコーチの話を聞く顔はどうか。味方がいいプレーをした時に立ち上がっているか。出場時間ではなく、その子の中身を見る。すると2時間の中に、「今日、見られてよかった」と思える場面が一つは見つかります。
この「親とコーチの見ている場所の違い」は、試合に出られない理由がわからない時の記事に詳しく書きました。
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子どもが観客席に求めているのは、声より「帰る場所」
出番が少ない子は、出るかどうか分からなくても、出る子とまったく同じ準備をして会場に行き、出ないで帰ってきます。これを小学生が毎週やっている。だから僕は、出番が少ない子は試合に「行っている」だけで、もう一日分やっていると思っています。
その子にとって、観客席に親がいることの意味は、大人が思っているものと少し違います。「見ていてくれた」ことはもちろん嬉しい。でも、それ以上に大事なのは、試合が終わった後に帰る場所が、評価のない場所であることです。
スクールに通っていた子で、チームではほとんど出ていなかったのに、毎週楽しそうに体育館に来る子がいました。その親御さんが「試合には出てないのに、不思議なくらい楽しそうに行くんです」と言うので聞いてみると、「出た?」を聞くのをやめた、と。「聞いても本人が困るだけなので。代わりに、帰ってきたら、お腹すいたでしょ、って言ってます」。それだけでした。その子は翌年、少しずつ試合に出るようになりました。
つまり、子どもが親に求めているのは、観客席からの声の大きさでも、全試合の出席でもない。帰ってきた時に、その日の自分に点数をつけられない場所があることです。それなら、親がしんどい週に観客席を一回休むことは、子どもの「帰る場所」を守ることと矛盾しません。
よくある質問
Q. 見に行かないと、子どもが「来てくれなかった」と寂しがりませんか?
僕なら、黙って行かないのではなく、前の日に伝えます。「明日は行かないけど、帰ったら聞かせてね」。そして帰ってきたら、試合の内容より先に「おかえり、お腹すいたでしょ」から入る。来なかったことより、帰ってきた時の空気の方が、子どもには長く残ります。
Q. 周りの保護者から「あの家は来ないね」と思われそうで気になります。
その空気は、僕もよく分かります。ただ、保護者同士の気疲れで親の方が先に限界を迎える話は、親のほうが辞めたいと感じた時の記事に書いたとおり本当に多い。周りの目のために通い続けて親が折れることと、月に一回休むこと。子どもにとってどちらが損か、僕なら後者を選びます。
Q. 試合中、コーチに怒られている我が子を見るのがつらいです。
見ているのがつらい時間だけ、席を立っていいと思います。廊下に出て、飲み物を買って戻る。全部を見届けることが応援ではありません。コーチの指導そのものに不安がある時は、コーチが厳しい・怒鳴る時の記事に、僕の見分け方を書いています。
まとめ
ミニバスの試合を見に行きたくない。その気持ちは、応援が足りないサインではなく、ずっと真面目に観客席に座ってきた人に来る、疲れのサインだと僕は思っています。
僕の親は全部の試合には来なかったけれど、帰った後の空気で僕のバスケを支えていた。そして子どもが本当に求めているのは、声の大きさより、評価のない「帰る場所」であること。
子どもの一日をゼロ点にしないために、僕はまず、親の一日もゼロ点にしないでほしいと思っています。しんどい週に一回休むことは、次の週にもう一度、笑って観客席に座るための準備です。
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