コートの端で、うちの子だけがボールを持ったまま止まっている。味方は手を上げているのに、パスが出ない。しばらく迷って、結局そのままドリブルで突っ込んで、囲まれて取られる。ベンチから「見て!」という声が飛ぶ。
帰りの車で、つい言ってしまう。「なんでパスしなかったの」。
僕は札幌で3拠点、100名の子どもたちを見ているバスケットボールスクールのコーチです。「うちの子、ボールを持ちすぎるんです」という相談は、シュートが入らないという相談と同じくらいよく受けます。そのたびにお伝えしているのは、同じことです。パスをしない子のほとんどは、パスを出したくないのではありません。出す先が見えていないんです。
「パスしない」の正体は、たいてい下を向いていること
ボールを持ちすぎる子を後ろから見ていると、共通点があります。目線が低い。ボールか、目の前のディフェンスのどちらかしか見ていません。
僕はスクールの練習で、実際にこう言っています。
「この目の前のディフェンスばっかり見ていたら、その先で何が起きているか分からない。ノーマークがいるかもしれない。ノーマークがいたら、ドリブルで運ぶよりパスを出したほうが早い」
見えていないと、選べる手が一つしか残りません。自分でドリブルするか、止まるか。だから持ちすぎになる。本人の頭の中では、持ちすぎているのではなく、それしか選択肢がない状態です。
ここを「判断が悪い」「独りよがり」と読み替えてしまうと、話が性格の問題になってしまいます。でも起きているのは、もっと単純なことです。首が上がっていない。それだけです。
「前を見て」だけでは直らない理由
やっかいなのは、この子たちがすでに何百回も「前を見ろ」と言われていることです。言われても直らない。だから本人も、そのうち聞き流すようになります。
理由ははっきりしていて、「前」という言葉が曖昧だからです。
僕は練習で、前を二つに分けて伝えるようにしています。ひとつは、自分に付いている目の前のディフェンス。もうひとつは、その奥で起きていること。この日も、子どもたちにこう話しました。
「前って言っても、目の前のここばっかり見ていたら、先で何が起きているか分からない。自分のディフェンスを見ながら、その先も見られるように」
そのうえで、練習の速さを落とします。いきなり試合のスピードで顔を上げろと言っても無理なので、まずは歩く速さから。ドリブルを一回ついて、いったん止まって、顔を上げる。その状態で横から僕が体を寄せていく。押されても目線が落ちなければ合格です。
順番でいうと、顔を上げるのが先で、パスはその後です。見えるようになってはじめて、出す・出さないの判断が生まれます。逆をやると、見えないまま出すことになって、今度はパスミスが増える。うちのスクールで視野の練習を先に置いているのは、そのためです。
じつは、もらう側にも原因がある
もう一つ、親御さんにはあまり見えていない話をします。パスが出ないのは、持っている子だけの問題ではありません。
3対3の練習で、僕がいちばん多く言っている言葉は「近づくな」です。
「近づかない、近づかない。スペースを空けてあげよう、味方のためにね」
子どもは、ボールが欲しいとボールに寄っていきます。ところが自分が寄ると、自分に付いているディフェンスも一緒に寄ってきます。結果、ボールを持っている子の周りが渋滞して、パスコースが消える。持っている子から見れば、出したくても出す隙間がない。
だから、もらう位置も練習します。中途半端なところでは受けない。受けるなら、味方が仕掛けられるスペースが残る場所まで離れて受ける。ここが変わると、同じメンバーのままでもパスは急に回り出します。
つまり、「パスしない子」に見えている場面の半分くらいは、周りの立ち位置が作り出しているということです。これは一人では直せないし、家でも直せません。チームの練習の中でしか変わらない部分です。
親御さんがこれを知っておく意味は、直せるようになることではなくて、責める前に一拍おけることだと思っています。
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家でできるのは、技術の指導ではなく聞き方を変えること
ここまで技術の話をしてきましたが、技術だけで変わる子はほとんどいません。顔を上げられるようになっても、「また怒られるかもしれない」と思っている子は、やっぱり安全なドリブルに戻ります。
だから、家でやることは一つだけだと僕は考えています。聞き方を変えることです。
「なんでパスしなかったの」は、質問の形をしていますが、子どもには「お前の判断は間違っていた」と聞こえます。そう受け取ると、返ってくるのは「別に」しかありません。
僕がおすすめしているのは、「あのとき、何が見えてた?」と聞くことです。
見えていた子は、「〇〇が空いてたけど、届かないと思った」と答えます。見えていなかった子は、「分からない」と答えます。どちらでも構いません。後者なら、直すべきは判断力ではなく視野だと分かる。それが分かれば、次の練習で手が打てます。
責める質問は会話を終わらせますが、見えていたものを聞く質問は会話を続けます。そして子どもは、自分の見え方を聞いてもらえた回数だけ、コートで起きたことを話すようになります。
よくある質問
Q. 「パスしなさい」と言い続けるのは逆効果ですか。
A. 逆効果というより、効きにくいと思っています。見えていない子に出せと言っても、出す先がないからです。同じ声をかけるなら、「顔上げてた?」のほうが、子どもは自分で確認できます。ただ、試合中に何度も言われると萎縮するので、僕は声をかけるなら一試合に一回までにしています。
Q. 家で視野の練習はできますか。
A. 難しいことはできませんが、ドリブルをしながら、親が出した指の本数を答えてもらう程度なら家でもできます。うまくやらせるのが目的ではなく、下を向いていたら見えないという事実を、本人が体で分かることが目的です。二、三分で十分です。
Q. 見えているのに自分で行きたがる子は、どうしたらいいですか。
A. その子は、まず自分で行けるだけの力があるということです。僕はそれを止めません。止めると、仕掛ける子ではなくなってしまいます。かわりに練習の中で、行っていい場面と、そこから外に出したほうが速い場面を分けて伝えます。パスを増やすためではなく、選べる手を増やすためです。
まとめ
ボールを持ちすぎる。パスをしない。そう見える子のほとんどは、性格が独りよがりなわけでも、味方を信用していないわけでもありません。ただ、首が上がっていないだけです。
だから順番があります。まず顔を上げる。目の前のディフェンスと、その先を両方見る。もらう側は近づかずにスペースを空ける。ここまで来てはじめて、パスは選択肢になります。
そして、家でできるのはその手前の部分です。「なんでパスしなかったの」を、「何が見えてた?」に変える。たったこれだけのことですが、子どもが自分の見たものを話し始めると、親のほうも試合の見え方が変わってきます。
うまくなる過程で、親子の会話が減っていくのはもったいない。僕は、コートで起きたことを家で話せる関係が残っているチームや家庭の子は、伸びるのが早いと感じています。
パスが出るようになるより先に、話が出るようになれば十分です。
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